難民危機改善における国々の責任分担の基本的な不公平さについて色々言われていますが、真の課題は、国際的対応が痛ましい程不十分であり続けるこの時、その根本原因に対処するために必要な経済的分かち合いのレベルです。
先週の史上初の難民と移民に関する国連サミットに続き、多くの市民社会組織と懸念する市民が異例の世界的危機への政府の集合的対応について評価を下しています。この国連サミットは過去2年間発展過程にあり、更に効果的な国際的行動計画のための青写真をひくだけでなく、世界のリーダーたちが難民を助ける義務を強化するための稀な機会を提供しました。これらの交渉の中心となったのは、より公平に危機に取り組む義務を加盟国の間で分担する必要性であり、それは、成果文書の中で再確認された極めて重要な原則のひとつでした。それにもかかわらず、これらの弱り果てた人々の基本的権利を満たす責任から更に逃げる代わりにそれを富裕国が真に分担し合うための、世界の2千百万人の難民への約束は殆ど無いに等しいのです。
難民や移民が必要とするものを富裕国政府が狭い国家的自己権益に優先しないであろうことは、サミット開催以前に既に明らかでした。特に、交渉に関する文書から後で落とされそれ自体が不十分な、毎年世界の難民人口の10%を定住させる義務を含んだ、
国連総会によって導入され
効力を弱められた合意を人権団体は広く批判しました。もうひとつの削除は、サミットの主な成果のひとつとして意図され、待ち望まれていた
難民のための責任分担に関するグローバルコンパクトでしたが、それどころかどのような世界的解決策の可能性も更なる2年間の交渉を持って延期されました。残ったのは、国々の間の責任分担のための拘束的なメカニズムも定められた目標もない、一般的及び不明瞭な義務を並べた長い項目です。今年相当数の難民を受け入れ、基金を450億ドル増やすと約束したオバマ大統領と他の50カ国が開催した別の
難民に関するリーダーズ・サミットではもっと実際的な誓約が立てられましたが、これらの約束さえ保障がなく、そして次のアメリカ政権によって帳消しにされるかもしれません。
従って、紛争や迫害によって日々3万4千人が住むところを追われ、その多くが避難しようとする中死に続ける傍ら、この状況が改善する希望はあるのでしょうか。衝撃的な動向は、西側諸国が原因となり激化させることに相当な役割を果たして来た中東と北アフリカでの激しい紛争によって大部分が推進され、これが減少する兆候が全く見られないことです。それにもかかわらず、私たちが目撃している政府の対応は多くの場合、国連サミットで再確認された国際難民法に制定された基本原則から程遠いのです。ヨーロッパは現在、冷戦の絶頂の時期より更に多くの壁を建設しています;何十億ユーロもが、到着する難民の総計数に制限的な効力しかない阻止手段や反動的協力協定に費やされています。私たちの国イギリスは、アフリカからの移民を規制するための援助予算の一部を恥ずかしくも転用する傍ら、シリア難民の僅かな割合しか受け入れていません。イギリスの新政府の立場は、紛争地域から逃れて来た難民は最初にたどり着いた安全な国にとどまるべきだというものです。それは、難民危機は他国の問題だと論議しているようなものです。
希望があるのか問うだけでは十分ではありません。道徳、親切心、僅かな慈悲心もないのでしょうか。拡大する対立、恐怖及び偏見のこの時代に、故郷を追われた難民と連帯の中立ち、奉仕活動と政府が失敗している救助への取り組みに参加する多くの一般市民がいます。STWRは、国連サミットに先立って、週末のロンドンでの「ようこそ難民」デモにおいて他の3万人と共に参加し、もっと多くの難民を受け入れアサイラムへの安全で合法的な過程を提供するようイギリス政府に呼びかけました。難民支持のための史上最大の国家的提示と考えられる去年の10万人のデモに比べ今回の参加者数はかなり少ないものでした。6千4百万人の全人口を傍らにそのような一度切りのイベントは、イギリス政府がその公平な分担数の難民を受け入れ、そして多国間で強力な行動をとる役目を果たすよう強いるには決して十分でないことは明らかでした。
市民の大部分がより不幸な人々の無益な苦しみを見て見ぬ振りをするという同じ状況が、他の富裕国についても言えます。戦争や迫害によって6千5百万人が住むところを強制的に退去させられる傍ら、難民の密輸入代が何千ドルに及ぶかもしれず、他国に避難所を探すための経済的手段を持たない極貧で生活する他の何百万人もの人々がいます。それでは、日々の食べ物を十分手に出来ない多くの何百万の人々はどうでしょうか?あるいは、貧困状態が原因で日々死に行く2万2千人の子供たちは?西側諸国のメディア全体で稀にしか報道されないこの幅広い不平等と不正の惨事に比べると、グローバル難民危機は氷山の一角です。しかしながら住むところを強制退去させられ国境内に留まり行くところのない、国内の総計約4千5百万人の問題でさえが国連サミットにおいて無視されました。世界的政策立案において、慈悲の欠如が一般化された公衆の無関心により維持される限り、世界中で生存のための十分な手段なしで生活する他の何十億人の運命を疑問に思ったまま私たちは放ったらかしにされます。
世界の最も裕福な国々がたった14%の難民しか受け入れていないところの、難民危機改善ための国同士の責任分担の基本的な不公平さについて多くが言及されています。オックスファムの分析によると、難民の半分以上がグローバル経済の僅か2パーセント以下を占める6カ国と領土で受け入れられています。しかし、地球を一体として特徴付ける分かち合いの欠如、そして多数派である海外の貧困者から最富裕国を切り離した生活水準の長期的な不平等さを考慮する時、これは驚くべきことではないでしょうか?オックスファムが報告書「世界よ、共感して下さい」の中でコメントしているように、より安全な未来を求める男女は非常な苦難に直面しており彼らの旅路において、十分に持たない物資を彼らと分かち合うかもしれない見知らぬ人の親切心と連帯感に常に頼ることになるのです。それとは対照的に、殆どの富裕国政府は、同じ共通の人間的精神を持って彼らの資源を分かち合うことが出来ないままでいるのです。
真の課題は、国際的対応が痛ましい程不十分であり続ける時、この紛れもない危機の根本原因に対処するために必要とされる種類の分かち合いです。責任分担の概念を基礎に同調した多国間の行動計画は、各国の能力と富に基づいて要求されるべき最低限のものです。生計及び教育援助を含んだ支援活動が人道援助を超えることが出来るように、住むところを失った殆どの人々を受け入れている低所得及び中所得の国々のために大規模な支持拡大もまた同様に必要とされます。これらすべての要求は、もし適切な資源がこの問題に向けられるなら完全に可能であり現実的です。
しかしながら、大規模な人間の強制退去 − 定着した貧困、終わりのない戦争と悪化する気候変動 − の推進者を絶え間なく生産する経済秩序の根本原因に取り組むことは、国境、外国人嫌悪または人種差別のないより良い世界を私たちが現実的に見通すことの出来る前に、国連創設以来前例のないグローバル経済の分かち合いのレベルを必要とするでしょう。政府同士が真の分かち合いのどのような形態に基づいた新しい難民保護システムにも同意することさえ出来なかったと言う事実は、明らかな現実を強調しているに過ぎません:その現実とは、真の責任の重荷は善意の一般人の肩にますます重くのしかかっているということです。
アダム・パーソンズはシェア・ザ・ワールズ・リゾースィズの編集長です。
フォト・クレジット: streets.life